書の筆

  

通常、大筆(太筆)は穂を全ておろす(ノリを落とす)が(根元に短い毛を意図的に残し、筆の弾力を高めているものに関しては根元を固めたままにすることが多い)、小筆(細筆)は穂先だけをおろすのが良い。ただし、仮名用の筆に於いて、やや大きめの面相筆は根本までおろすことが多い。

小筆の穂先は特に繊細なため、陸(墨を磨る部分)で穂先をまとめるために強くこすりつけることは極力避ける。墨などで固まった穂先を陸にこすりつけて、柔らかくしようとすることは絶対にしてはならない。硯は固形墨を磨(す)るためのヤスリであり、墨液が潤滑の働きをするとは言え、そのヤスリにこすりつけることは穂先を硯で磨ることと同じであり、穂先をひどく傷めてしまうからである。大筆も硯の陸の部分で毛をこすりつけないこと。大作を作る時などは、墨磨り機などで磨った墨をプラスチックや陶器の容器に移し替えて使うことが多い。

仕組み

毛はウロコ状の表皮に包まれた物体である。ウロコ状の部分をcuticle(キューティクル:表皮構成物質)と呼ぶ。人毛の場合、このキューティクルの隙間は0.1ミクロンであり、水などがこの隙間から進入すると毛全体が膨らみ反る。そのため、作られてすぐの筆は膨らんだり毛が反るので、毛や筆の性能を活かしきることができない。ススは、元素的にはカーボン(炭素)である。このスス成分が筆のキューティクルの隙間に沈着すると、水分が入れない状態になり、膨らんだり反ったりしなくなる。また筆のコシが出て、墨の含みも良くなり、最も良い状態で筆の性能を活かすことができる。羊毛の筆は最初、透通るような白い色をしているが、使い込むに従って銀色に、さらに長年を経ると黄金色に輝き、使用者自身の書きぶりが毛の癖となって表れ、その人の体の一部の如く使いこなしやすくなる。しかしその状態になるには、墨液よりも、摩った固形墨の方が良いと言える。

製造の途中で不揃いな毛などをすいており、書字中に抜けてくるのは抜き出し損ねた残りであって少量であれば問題ない。切れや抜けが多いと毛が減り、筆が割れを起こしたり、毛先が効かなくなって使えなくなる。

毛とニカワの関係について

前項のように、筆は使うほどに本来の筆の持つ能力が引き出されてくるが、それには墨の選び方や洗い方も大事になってくる。

墨の成分は、主にススと膠(ニカワ:コラーゲン・ゼラチン成分)から作られている。品質の劣悪なものは、ニカワに安価な海外の魚のコラーゲンを使うなどするため、ニカワの成分が毛に対してストレスを与え、キューティクルを傷める。人によってはリンスやコンディショナーなどを塗布してキューティクルを守ろうとすることがあるが、前述の通り筆の毛はキューティクルの隙間にススを入れることが大事であって、リンスやコンディショナーなどは隙間に入り込んでススを入れなくしてしまうので、筆の毛にコシを与えず逆に寿命を縮めることになる。

洗うことについて

穂先に墨が残らないようによく水洗いする。ただし、作られてすぐの筆を水に長時間浸しておくと、毛に水が入り込み膨らんでキューティクルの隙間が大きく開き、毛が切れやすくなる。同じ理由で、筆の穂先を固めるためのノリ成分を、水に長時間さらして落とすのは適当でない。

小筆を洗う場合は、筆の穂先を擦り切らせないよう気をつける。

筆の根元については、よくすすぎ、根元にニカワ分が残らないようにする。ニカワ分が溜まると、膨張するなどして筆管が割れるので注意が必要である。ニカワは、ぬるめの湯に一番溶けやすいので、湯で洗うのが毛に最も良い。

毛の根元の墨を口で吸ったりして吸い出すことがよく行われているが、品質の良い固形墨・墨液では構わないが、品質について信用できない墨汁などを口に入れることは体に悪い可能性があるので注意する。前述のように海外の魚や動物の骨や皮から抽出したコラーゲンを使ったり、化学的に合成した接着剤成分などをニカワの代わりに用い、腐らせないように防腐剤が入り、工業製の香料を使っている可能性が高いため、口に入れることは不衛生であり健康被害・アレルギーなどに注意する。また磨った墨などを作り置きして使う場合は防腐剤が入っていないため大変腐りやすいので口に入れないこと。

スス成分が溜まると筆は逆に長持ちするので、ニカワの成分だけをよく落とすのが大事である。 黒い墨の色が薄く沈着するのは筆の性能が引き出されていることを示していると言って良いので、洗いすぎて筆を傷めないよう注意する必要がある。


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